原子力基本法と「安全」問題-「安全」原則なき原子力基本法(1955)に対する追加・修正の歴史

1.1955年(昭和30年)の原子力基本法(1955) - 「安全」原則なき原子力基本法
 
第二条において、原子力の研究、開発及び利用が「平和」目的に限られること、および、「民主・自主・公開」の3原則が謳われている。「安全」問題については、原子力発電所の商用化前であることもあり、第20条で「放射線による障害を防止を防止し、公共の安全を確保する」ことしか論じられてはいない。
 なお本法案は、自由民主党と日本社会党の全議員を含む「中曽根康弘君ほか421名」による議員立法であった。中曽根康弘は法案の提案理由の中で、「(先進)各国の共通の特色は、この原子力というものを、全国民的規模において、超党派的な性格のもとに、政争の圏外に置いて、計画的に持続的にこれを進めているということであります。」(https://kokkai.ndl.go.jp/#/detail?minId=102303913X00419551213&spkNum=2)と述べているが、そのことは日本にも当てはまった。「国防政策や外交政策の見解の差にかかわらず、この原子力の日本の自主的平和利用については、超党派的に、平和でいこう、こういうような考え方が成立した」https://kokkai.ndl.go.jp/#/detail?minId=102303913X00419551213&spkNum=18結果として、原子力基本法は与野党一致での提案となったのである。
 なお森一久(1995)「原爆体験と日本の原子力開発」『日本原子力学会誌』37(9)によれば、「スエズ動乱の影響などもあって,原子力への熱っぽい支持は続き,その後約10年間以上の間,原子力研究開発機関の新設などを定める関連法令や必要な予算はすべて,共産党を含む全与党野党の全会一致で国会を通過するという状況」(p.62)が続いた。

 

 原子力基本法(1955)の法案に反対したのは共産党・労農党だけであったが、その反対理由もアメリカと結んだ「経済の軍事化と再軍備の強化」という点にあり、「安全」原則の欠如を問題としたものではなかった(加藤哲郎(2013)「日本における「原子力の平和利用」の出発」加藤哲郎・井川充雄『原子力と冷戦』共栄書房、p.18)とされている。
 社会党の岡田春夫も、1955年12月13日開催の第23回国会衆議院科学技術振興対策特別委員会で反対論を述べているが、その理由も「安全」に関係したものではなく、「アメリカの原子力政策に従属する結果」となる、すなわち、「自主」原則が守られてはいないため「われわれの意図するところに反する結果を招く」といった理由からであった。

 
(日米原子力協定に基づき)日本において日本の民間の人々に原子力の研究をやらせる場合においても、常に、アメリカというものが陰について、その授権を行う場合においてさえ、これに対する権限を制限するというような事実が、協定の上に明らかに出ているわけであります。そうすると、どこでいかに自主的な研究を進めるということを基本法にお書きになっても、事実上日本とアメリカとの協定を進めていく場合においては、その自主性は、完全なる自主性ではなくて、アメリカに拘束された意味の自主性と解釈せざるを得ないと思うのであります。
[出典]https://kokkai.ndl.go.jp/#/detail?minId=102303913X00419551213&spkNum=56
 
きょうは、せっかくの原子力基本法を議員諸君の御努力によりまして提出をされたのでございますけれども、私は、同僚の議員として、残念ながら意見を異にいたしまするために、基本法を含めて委員会設置法並びに総理府の一部改正法、これに対して反対をいたします。(中略)原子力を平和的に利用させ、これを発展させるということについては、絶対にわれわれは反対でありません。・・・しかしながら、それのための受け入れ態勢としては、きわめて不十分であるのみならず、逆にアメリカの戦争体制として準備されておるアメリカの原子力政策に従属する結果になって、われわれの意図するところに反する結果を招くから、この点について懸念するものであります。私たちは、この意味において、この三法案(引用者注 原子力基本法、委員会設置法並びに総理府の一部改正法のこと)に対して反対をいたします。
[出典]https://kokkai.ndl.go.jp/#/detail?minId=102303913X00419551213&spkNum=102
 
森一久(1995)「原爆体験と日本の原子力開発」『日本原子力学会誌』37(9)は、原子力基本法制定当時の日本では、「日本が,当時”Atoms for peaee”を主唱した米国など先進諸国の原水爆競争に巻き込まれる恐れはないか,原子力も所詮“両刃の剣”といえる技術の一つであり,どうしたら平和利用専守を貫けるかという,この一点に議論は集中した」(p.61)とし、そうした社会的懸念の解消策として、「自主・民主・公開」という原子力三原則のもと「平和」目的での原子力研究を目指すこととなった、としている。
 さらにまた「安全」原則が入らなかったことに関して、「その頃は安全性はあまり議論にならなかった」と書いている。
 
原子力基本法(1955) 第一条および第二条の条文
法律第百八十六号(昭三〇・一二・一九)

第一章 総則

 (目的)
第一条 この法律は、原子力の研究、開発及び利用を推進することによつて、将来におけるエネルギー資源を確保し、学術の進歩と産業の振興とを図り、もつて人類社会の福祉と国民生活の水準向上とに寄与することを目的とする。

 (基本方針)

第二条 原子力の研究、開発及び利用は、平和の目的に限り、民主的な運営の下に、自主的にこれを行うものとし、その成果を公開し、進んで国際協力に資するものとする。

 
2.1978年(昭和53年)の原子力基本法改正 - 「安全」原則を追加した原子力基本法
 
1978年(昭和53年)の一部改正において、第2条に関して「平和の目的に限り」に続けて「安全の確保を旨として」が追加され、「原子力の研究、開発及び利用は、平和の目的に限り、安全の確保を旨として、民主的な運営の下に、自主的にこれを行うものとし、その成果を公開し、進んで国際協力に資するものとする」という現行第2条の条文の形になった。
 またそれにともない、原子力委員会とは別に、「安全の確保に関する事項について企画し、審議し、及び決定する」機関としての原子力安全委員会が新たに設置されることになった。

 
原子力基本法改正(1978)の改正部分
「原子力基本法等の一部を改正する法律」法律第八十六号(昭五三・七・五)
[出典]https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_housei.nsf/html/houritsu/08419780705086.htm

(原子力基本法の一部改正)
原子力基本法(昭和三十年法律第百八十六号)の一部を次のように改正する。

第二条中「平和の目的に限り」の下に「、安全の確保を旨として」を加える。
「第二章 原子力委員会」を「第二章 原子力委員会及び原子力安全委員会」に改める。
第四条中「原子力委員会」を「原子力委員会及び原子力安全委員会」に改める。
第五条中「原子力の研究、開発及び利用に関する事項」の下に「(安全の確保のための規制の実施に関する事項を除く。)」を加え、同条に次の一項を加える。
2 原子力安全委員会は、原子力の研究、開発及び利用に関する事項のうち、安全の確保に関する事項について企画し、審議し、及び決定する
第六条中「原子力委員会」を「原子力委員会及び原子力安全委員会」に改める。
 
3.2023年(令和5年)の原子力基本法改正-「安全神話」問題の追加
 
2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震に伴う福島第一原子力発電所事故を防止できなかったことを反省し、「原子力事故の発生を常に想定し、その防止に最善かつ最大の努力をしなければならない」ことが第2条に追加された。

 
原子力基本法改正(2023)の改正部分
「脱炭素社会の実現に向けた電気供給体制の確立を図るための電気事業法等の一部を改正する法律案」第5条(原子力基本法の一部改正)
https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/houan/g21109026.htm

原子力基本法(昭和三十年法律第百八十六号)の一部を次のように改正する。

第一条中「学術の進歩と産業の振興と」を「並びに学術の進歩、産業の振興及び地球温暖化の防止」に改める。
第二条に次の一項を加える。
3 エネルギーとしての原子力利用は、国及び原子力事業者(原子力発電に関する事業を行う者をいう。第二条の三及び第二条の四において同じ。)安全神話に陥り、平成二十三年三月十一日に発生した東北地方太平洋沖地震に伴う東京電力株式会社福島第一原子力発電所の事故を防止することができなかつたことを真摯に反省した上で、原子力事故(原子力損害の賠償に関する法律(昭和三十六年法律第百四十七号)第二条第一項に規定する原子炉の運転等に起因する事故をいう。以下同じ。)の発生を常に想定し、その防止に最善かつ最大の努力をしなければならないという認識に立つて、これを行うものとする。
 

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